ささき きょうどう

佐々木 教道

正榮山 妙海寺 住職 / 一般社団法人寺子屋ブッダ 理事

1977年千葉県生まれ。1990年に得度。千葉県立長生高校を経て、1996年に立正大学 仏教学部 宗学科入学。多くを学び、卒業後の2002年、正榮山妙海寺 住職承認となる。

自坊では「頼りになる」「心と体と整える」「良いつながりをえる」を心がけ、より「良く生きることを叶える」お寺を目指している。宿泊型修行体験『テンプルステイ』やコミュニティー食堂『お寺でランチ』、まちの文化祭『寺市』などを企画し、過疎地のお寺が人の集う場所に変わりつつある。 また、地域活性団体「勝浦タンタンメン船団」のPR活動にに参加し、団体としてB-1グランプリの全国大会 ゴールドグランプリ受賞、地方新聞社と共同通信社が合同で創設した「地域再生大賞」で優秀賞を受賞したほか、「毎日新聞イメージアップ大賞」の特別賞も受賞。その活動をきっかけに、ONE勝浦企業組合をつくり「未利用魚の活用」を町の人々たちと協働し勝浦市の活性化に努めている。 また、一般社団法人「寺子屋ブッダ」という団体を、宗派を超えた僧侶や様々な業種の仲間と共に立ち上げ、「お寺がもっと身近で楽しくあたたかな場所であるために」という目標をかかげ、お寺を地域コミュニティーの中心にするべく活動している。

佐々木 教道

登壇している授業のカテゴリー・関連タグ

担当のコース

毎月、日本各地のお寺からマインドフルネスの授業を生中継で行います。 授業では、マインドフルネスを理解するための講義の他、実際に住職の合図でみんなでマインドフルネスの練習を行います。 マインドフルネスは、科学的にもあらゆる効果が認められており、脳を休めたり、心を整えるといった効果があります。 実施する方の中には「やり方がピンときてない」「続かない」という課題があるようです。 ぜひこの機会に、お寺にいる感覚を味わいながら、先生にわからないこと、知りたいことを直接質問して理解を深めましょう。 また、マインドフルネスの存在を初めて知った方、聞いてはいたけどよく知らない方は、特にしっかり受講いただき、まずは体験してみましょう。   ■講義テーマ ・9月18日「休息とマインドフルネス」(栃木県光琳寺より生中継) ・10月「レジリエンスとマインドフルネス(千葉県日蓮宗妙福寺より生中継)」 ・11月「人間関係とマインドフルネス(栃木県光琳寺より生中継)」 ・12月「自己肯定感とマインドフルネス(仮)」 ※授業内容は予告なく変更する可能性があります。   ■マインドフルネスとは マインドフルネスとは、一言で表すと「今この瞬間の自分自身の身体や気持ちの状態に気づける、心のあり方」のこと。 日常生活の中で雑念や無駄な思考にとらわれていると、心の休まる時間がとれず、ストレスにうまく対応することができなくなってしまいます。そんな状態を改善できるのがマインドフルネスなのです。 海外では脳トレーニングとして、「瞑想」を社員教育に導入しているケースが多数見受けられ、GoogleやYahoo!、Facebookなど世界的な優良企業でもマインドフルネスが実践されています。 (出典:いま、こころのクリエイト -cocokuri-【最新保存版】マインドフルネス瞑想の効果・やり方まとめ) 授業監修:いま、こころのクリエイト -cocokuri- (株式会社インナーコーリング)   ■マインドフルネス関連授業 1日10秒マインドフルネス -瞑想初心者が始める「今、ここ」に集中するエクササイズ-

担当の授業一覧 全1授業

自己肯定感とマインドフルネス -千葉県勝浦市妙海寺で瞑想疑似体験-

第4回 自己肯定感とマインドフルネス -千葉県勝浦市妙海寺で瞑想疑似体験-(60分)

2018年12月14日放送

毎月、お寺からマインドフルネスの授業を生中継で行います。今回は千葉県勝浦市の妙海寺からお届けします。 12月は「自己肯定感とマインドフルネス」というテーマで、自己肯定感とは何かから始まり、自己肯定感を高める方法としてのマインドフルネスについてまでお伝えします。 また、授業ではマインドフルネスを理解するための講義だけではなく、実際に住職の合図でオンラインマインドフルネスを行います。   ■妙海寺について 美しい自然に恵まれ太平洋を眼下に望む当山は、潮の香りの漂う、 その名の通り妙(美しい)海(に囲まれた)のお寺です。 その静寂で荘厳な雰囲気に包まれる中、法華経(お釈迦様)の教えにふれ、 お参りすることは現代に忘れ去られた大切な時間の営みであり、 自分の心を見つめなおすきっかけになるでしょう。 正榮山・妙海寺(しょうえいざん・みょうかいじ)は室町時代初期 延文4年(1359)に日蓮宗の本山 茂原藻原寺 第五世 日海上人が、勝浦の出水に開創されたお寺です。 江戸時代 明暦2年(1656)に領主植村土佐守が浄土宗のお寺香花院創設に際し建築の都合上、移転を余議なくされ慧妙院日心上人の(植村玄藩の父)甚労により新官に移転し現在にいたります。