大公開!過去授業レポート

第3回
本にしかできないこと
「本」とは何か
5分
「本」とは何か
内沼 晋太郎 先生
numabooks代表/ブック・コーディネイター/クリエイティブ・ディレクター
実施日
2012年2月2日(木) 20:30〜21:00
タグ
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授業レポート

狭義の本、広義の本

「本とは何か」という大きなテーマをいただきましたので、みなさんと考えたいと思っています。本とは何のことなのか?まずはじめに、それを真面目に考えていくと、実はよくわからなくなるということについてお話します。

まず「本」の起源はなんでしょう。例えば、紀元前2400年から2200年くらいに古代メソポタミア文明で発見された、シュメール語で書かれた「粘土板」を、歴史の教科書などで見たことがあると思います。だいたい4000年以上前の話ですね。つまり「本」の起源は、持ち運べて、文字が書かれたものに遡ることができる。

ところで「電子書籍」という言葉がありますね。書籍というのは本のことですから、amazonが販売する電子リーダー、「kindle」のことはまず、「本」であるとしておきましょうか。

「辞書」も本屋で売っていますから、「本」です。では、「電子書籍」よりも昔から売っている、「電子辞書」は「本」でしょうか?あまり本とは呼びませんが、こう見ていくと、本でないとも言い切れない気がしますね。

その昔『電車男』(新潮社)という本がありました。たとえばこれが電子書籍化されたら、それは「2ちゃんねる」とほぼ同じです。ということは、いま世の中にあふれている「2ちゃんねるのまとめサイト」も「本」かもしれませんね?

「ミニコミ」や「リトルプレス」、「zine」などといろいろな呼び方がありますが、自分で小部数を印刷して配布する本があります。これは印刷されているし、綴じられているので、まぎれもなく本ですね。でも、たとえば同じぐらいの薄さ、同じくらいの大きさで綴じられている企業のパンフレットがあったとして、これは「本」でしょうか?違う気もしますが、一方で本屋で売っている本の中にも実質上100%宣伝のための本もありますから、本でないとも言い切れません。で、もしパンフレットが「本」だとすると、同じ内容が書かれている企業のウェブサイトも、「本」でないこともないかもしれませんね?

印刷技術が発明されるより昔はいわゆる写本といって、本は手で書かれていました。では当然、無印良品で販売されているような文庫本のかたちをしたノート、「文庫本ノート」にあなたが小説やエッセイ、日々考えたことなどを書いたとしたら、それがどうして「本」でないと言えるでしょうか。先ほどの電子書籍の話に戻りますと、当然ipadで電子書籍を読むアプリ「i文庫HD」も「本」なわけですが、こう考えると同じくipadのノートアプリである「MUJI NOTEBOOK」も、「本」でないとはいえないわけです。

昔は「日本文学全集」や「世界文学全集」が、どこの家にも一家に1セットあるような時代がありました。いま、ニンテンドーDSなんかはかなりの家にあるのではないでしょうか。「DS文学全集」というアプリもありますし、見開きの形をしていますから、ニンテンドーDSなんかはかなり「本」かもしれませんね。

ぼくは仕事柄、いろんな人に「本好きになったきっかけ」を聞くのですが、そこでスーパーファミコンの「弟切草」や「かまいたちの夜」といったゲームを挙げる人は一人や二人ではありません。いわゆる「サウンドノベル」と呼ばれる、小説をゲームにしたような作品だったのですが、それをきっかけにミステリー小説が好きになったりする人がいたわけです。つまり「弟切草」や「かまいたちの夜」も、その人たちにとっては「本」だった。

では、「twitterのタイムライン」は「本」でしょうか?画家の横尾忠則さん(@tadanoriyokoo)や博報堂ケトル代表の嶋浩一郎さん(@shimakoichiro)の つぶやきは本になりましたから、タイムラインも絶対に本ではないとは言えなさそうです。

「電話帳」はどうでしょうか?見た目は本のようです。紙の電話帳が本なら、皆さんのiphoneやandroid端末に登録されている電話帳も、本でないとはいえないですね。

話は変わって、居酒屋に行くと12時間とかしゃべり倒すこととかありますね。ホリエモンさんとひろゆきさんの12時間しゃべり倒したことは『ホリエモン×ひろゆき 語り尽くした本音の12時間 なんかへんだよね…』(集英社)という本になりました。果たしてこのとき、居酒屋はまったく「本」ではないと言えるでしょうか?さらに、もし僕が生放送で喋っているこれが後日、活字になって印刷されないとも限らないとしたら、喋っているこの時点で、既に「本」であると言えないこともないですね。一方、『小林秀雄講演』は当初カセットテープで出ましたし(現在はCD)、『吉本隆明 五十度の講演』はCDで出ていますが、それぞれ紙の全集も出ている方ですから、これらの音源だってかなり「本」ではないかと思うわけです。

写真集は本ですね。電子化された写真集も本です。それではinstagramも本ではないでしょうか。デジカメについている画面を友達に見せるとき、あの画面は本ではないでしょうか?作品がたくさん掲載されている写真家のウェブサイトが、どうして本でないといえるでしょうか?写真集とまったく同じ写真を並べた写真展が開催されたりしたら、その写真展はどう考えても本ではないでしょうか?

というわけで、考えれば考えるほど、よくわからないわけです。

本の未来は明るい

これではどうしようもないので「Wikipedia先生」に聞いてみました。Wikipediaによると"本は書物の一種であり、書籍・雑誌などの印刷・製本された出版物である"。と書かれています。"印刷・製本された"と書いてありますから、Wikipediaは「kindle」は「本」ではなく、手書きの写本も「本」ではなく、しかし企業のパンフレットや電話帳などは「本」であるといっているわけです。なんだかしっくりきませんね。

一方、ケヴィン・ケリーという元『WIRED』編集長が電子書籍の未来について語った記事では"「本」は物体のことではない。それは持続して展開させる論点やナラティヴだ"と定義しています。一聴するとなんのことやらさっぱりわかりませんが、しかし、こちらのほうがまだしっくりくるような気がしませんか?

ここまで見てきた事柄から、2つのことが分かります。

まず1つ目は、これまで見てきた「本のようなもの」すべてを広義の「本」だとすれば、それはどうやら、日々拡張しているということ。そして2つ目は、そのときそれはどうやら、あいかわらず人々のそばにあるし、これからも必要とされるということです。

そしてそこから言えることは、「出版業界の未来」がもし暗いとしても、「本」あるいは「本のようなもの」の未来は、それとは関係なく明るいということです。複製技術が進化する中で、産業構造が変わるのは当然です。「本」や「本のようなもの」は「出版業界」よりずっと前から存在していたし、これからも続いていきます。だから今、みんなが「本」の未来が暗いと言うのは、実は「本」全体からみればごく一部のことに過ぎません。これまで「出版業界」が扱ってきた"書籍・雑誌などの印刷・製本された出版物"は、"持続して展開させる論点やナラティヴ"のごく一部に過ぎない。そうした前提のもと、ぼくたちが愛してきて、これからも愛していきたいのは、果たして「本」のどの部分なのだろうか?ということを、あらためて冷静に考えてみる必要があるわけです。おそらく答はそれぞれバラバラなはずなのに、それを誰か声の大きいひとが自分の利益を優先して、ひとつのことのようにして混ぜて話すから、わけがわからなくなっているのが現状だと思います。

「本の未来」のために大切な2つの問い

1.「売れない」と言われてきたのに、なぜ多くの人が「本」にこだわるのか?

ひとつのヒントはこれです。「電子書籍」という言葉が広く流通するようになってから急に、「紙の質感や匂いが好き」と言ったり、あるいは「本はなくならない」と言ったりする人が増えてきていると感じませんか?「やっぱり物質としてのある種の神聖さが云々」とか「紙をめくる動作の身体性が云々」というようなことを、それほど読書家ではなかった人まで言うわけです。「本はなくならない」「本屋はなくならない」とみんなが思いたがっている。これはどういうことでしょうか?

実際に、雑誌の「本」や「本屋」を特集した号はいまもよく売れるし、本に関わる仕事をしたいと考える人も増えています。こういったことは、先ほど僕が言っていた「本の未来」と「出版業界の未来」は関係ないのではないか、ということに深く関わっていると思います。未来がないものにたいして、それほどこだわる理由はありませんから。

2.定義がぼやけているからこそ、再定義のチャンスがあるのではないか?

今回「本とは何か」というお題をもらったわけですが、結局「定義できません」という答えになってしまいました。しかし、それはネガティブなことではなくて、それぞれがよく考えて、再定義していくことによって、その中に自分が関わっていくチャンスがたくさんあるということではないかと思います。

自分が「なくなってほしくない」と思っているのは、「本」のどの部分なのか。そしてそれは、みんながまだ求めているものなのだろうか。もしそうだとしたら、これからの時代の「本」の中で、それはどのように提供されるのだろうか。仕事としてであれ趣味としてであれ、そういうふうにあらためて考えることができる。「本」にとって一番面白い時代に生きているというふうにも言えるわけです。

今後の「狭義の本」と「広義の本」

Q1:本と本以外を分けるものとして、「『編集』されているか否か」という意見があるかと思います。編集的観点も拡張していくものですか?

内沼先生(以下:内):「編集されていれば本」というのも、ひとつの視点だと思います。その場合、たとえば「2ちゃんねる」はスレッドの時点では「本」ではなく、まとめサイトで編集されたら「本」だということになりますし、Twitterはタイムラインの時点では「本」ではないけれど、「Togetter」でまとめられたら「本」だということになりますね。ぼくはそういう考え方も十分アリだと思うし、実際、多くの人が「本」に求めている大きな機能のひとつが「編集」であるからこそ、まとめサイトがこれだけ利益を上げているのだ、というふうにも言えるでしょう。

Q2:大きな書店にあるものを本だと思い込んでいて、アートブックフェアなどにあるZINEみたいなものは本ではない、と頭の中で区切ってしまうことがあるかと思うんですが。

内:それもそれでひとつの視点ですね。そういう、いわゆる出版社が作っている紙の本が無くなるのがさみしいと感じている人は、やっぱり買い支えなければいけないと思うんです。ぼくは昔から「好きな本屋で、本を買う」という運動をやっていて、2005年当時つくったmixiのコミュニティには1600人以上のメンバーが集まりました。せめて自分の大好きな本屋さんが残るように、本はそこで買う。本屋の側も、そうやって多くの人に愛される本屋であるべく日々努力する。そういう空気をつくることは大切だと思っています。

ただ一般論としては、ZINEやリトルプレスを含む直販の商品、あるいは雑貨だろうが食品だろうが、何でも売っていくという本屋さんのほうが残っていきそうな気がしますね。ヴィレッジヴァンガードが典型で、彼らのキャッチフレーズは「遊べる本屋」ですが、実際売上構成比が一番大きいのは本ではなく、そもそも本が売っていないヴィレッジヴァンガードさえあります。だから極論すると「コーヒーを出す時のお客さんとのコミュニケーション、ぼくはそれこそが本みたいなものだと思っているから、うちは本屋なんだよね」という喫茶店があったとして、それを真面目に「本屋」と数えてもいいと思うんです。もちろん極論ですけど、その可能性を否定する人だけが集まって「本」の未来を考えていてもロクなことにならないような気はしますね。

Q3;内沼さんはBIBLIOPHILICという読書グッズを扱うお仕事をされてると思うんですが、それを始めた想いをお聞かせ下さい。

内:今日は「あれもこれも本だ」という話をしていますが、ぼくだって実際はもちろん、紙で出来たいわゆる「本」で育ってきて、それを愛しています。BIBLIOPHILICは、そうした人々の「本のある生活」のためのブランドです。

ひとつイメージしている目標は、「パタゴニア」などのアウトドアブランドです。彼らはプロの登山家などに向けて本格派の商品をつくり、製品の質をひたすら追求していきますが、結果的にはそういう人たちだけでなく、「山ガール」と呼ばれるような流行や、普通にストリートファッションとして街中でも愛されている。あと「形から入る」という言葉がありますね。入門者でもとりあえず道具を揃えるところから始めて、そこからだんだん本格的な趣味になっていく。まずやってみるのではなく、まず買うところ、道具を揃えるところからはじめるという文化もあるわけです。

読書はよく登山にたとえられますが、読書にはそういうブランドがないなと考えたんです。もちろんブックエンドやブックスタンド、ブックカバーから本棚まで、いろんなメーカーが作っている。けれどそれらはバラバラで、ひとつの統一された本格ブランドのようなものはありません。いわゆる相当の「本読み」、読書家のニーズに応えるように、彼らのための「道具」のブランドを作りたいと考えました。魅力的な「道具」があれば、結果的にそれほど読書家というほどの人でなくても「形から入る」ということをしてみたくなる。そのうちに、本を読むことそのものが「かっこいい」「かわいい」と思ってもらえるようなムーブメントも作れるかもしれない。電子書籍が当たり前の時代になって、だからこそ反動的に紙の本を愛する一部の人が増えていくときに、こういうブランドを作ることは、ひとつぼくが感じた「チャンス」だったんです。

Q4:このschoo WEB-campusを受講した方に考えていただきたいことはなんでしょう?

内:皆さんにも「本とは何か」ということについて、考えてみてもらいたいと思います。自分にとって「本」の大切な部分について考えて、「本」を再定義してみてください。その上で、新しい企画やビジネスのアイデアもいろいろ浮かんでくるかと思います。何かやってみたいアイデアを思いついてぼくにぶつけてみたいと思っていただいたら、こちらもそれに対して真剣にお答えしたいと思いますので、そういう意欲的なレポートを待っています。

<第3回:「本」とは何か レポートおわり>
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先生プロフィール

内沼 晋太郎
numabooks代表/ブック・コーディネイター/クリエイティブ・ディレクター

1980年生まれ、一橋大学商学部商学科卒。

2003年、本と人との出会いを提供するブックユニット「book pick orchestra」を設立。2006年末まで代表をつとめ(現代表:川上洋平)、後に自身の「本とアイデア」のレーベル「numabooks」を設立。

ブック・コーディネイターとして、ショップで販売する書籍のコーディネイトを中心に、本にまつわるプロジェクト企画や作品制作などを手がける、【本】に関するプロフェッショナルである。

著書に『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』(朝日新聞出版/2009)など。

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