7/9(Thu)

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こが ふみたけ

古賀 史健

ライター/バトンズ代表

株式会社バトンズ代表。1973年福岡県生まれ。1998年、出版社勤務を経て独立。主な著書に世界40以上の国と地域、言語で翻訳され世界的ベストセラーとなった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著)のほか、『さみしい夜にはペンを持て』(第73回小学館児童出版文化賞最終候補)、『さみしい夜のページをめくれ』、『取材・執筆・推敲』、『集団浅慮』などがあり、編著書累計2200万部を数える。

古賀 史健

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担当のコース

優秀な個人が集まったはずの組織で、なぜ不合理な結論が導き出されてしまうのか? 本授業では、集団が合意形成の際に陥る心理現象「集団浅慮」のメカニズムを理解します。 組織の持つ引力(凝集性)を紐解いた上で、組織の同質性を打破する対話のあり方や、自己理解を深める日記の効用を学びます。 単なるテクニックに留まらず、組織のあり方の視点を転換し、道を誤らないための「継続的な探究のスタンス」を身に付けましょう。   【このコースで学べること】 ・個人としては優秀な集団が不合理な結論を導き出してしまう心理現象「集団浅慮」のメカニズム ・組織の持つ引力(凝集性)が意思決定に与える影響と、日本型雇用における発生しやすさ ・組織の同質性を打破し、健全な対話を生み出すための「取材型コミュニケーション」の視点 ・組織内の対話(取材)を成功させる前提となる、日記を活用した深い自己理解の重要性   【こんな人におすすめ】 ・組織の意思決定や合意形成のあり方に危機感を持っている方 ・社内の対話や相互理解の質を根本から深めたい方   【対象職位】 ・中堅・リーダー ・初級管理職 ・上級管理職・経営   【ベースとなる書籍】 集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか? 古賀 史健 (著)  ダイヤモンド社

担当の授業一覧 全3授業

「取材型コミュニケーション」が組織を変える

第2回 「取材型コミュニケーション」が組織を変える(55分)

2026年5月26日放送

「いい質問だね」と返したつもりが、相手は黙ってしまう。よかれと思った即答が、なぜか部下のやる気を奪う。会議で意見を募っても、出てくるのは"正解探し"の当たり障りない発言ばかり——。私たちは毎日「対話している」つもりで、実は相手を「評価」しているのかもしれません。 ベストセラー『嫌われる勇気』『取材・執筆・推敲』の著者であり、プロのインタビュアーでもある古賀史健さんが提唱するのは、組織に「取材型コミュニケーション」を持ち込むという発想です。取材=inter-viewとは、見解と見解のキャッチボール。主役はあくまで相手であり、そこにあるのは評価なき対話です。第1回で見た「集団浅慮」も、元をたどれば質問をぶつけ合うだけの"面接的"な場が、心理的安全性を奪うところから始まっていました。 組織の中でのコミュニケーションのあり方を、見つめ直してみましょう。   この授業で扱うこと 面接と取材の決定的な違い(評価する場か、評価なき対話か)/inter-viewの本質と、ファシリテーター=インタビュアーという視点/3つの「きく」(聞く・聴く・訊く)と聴き手になる技術/記者会見に学ぶ「仮説」と質問力の鍛えかた/即答が寄り添いにならない理由と「他者の関心事」への関心の寄せ方

「書くこと」の苦手を克服してほんとうの自己理解へ

第3回 「書くこと」の苦手を克服してほんとうの自己理解へ(38分)

2026年5月26日放送

第1回では、集団浅慮が組織の凝集性から生まれる仕組みを、第2回では、それをほどく対話の技術としての「取材型コミュニケーション」を学んできました。そしてこの回では、相手に深く問いを向ける「取材」が成り立つための前提となる「自己理解のための日記」をテーマに学びます。 ベストセラー『嫌われる勇気』『さみしい夜にはペンを持て』の著者であり、プロの書き手でもある古賀史健さんが説くのは、「書くこと」と「自己理解」の分かちがたい結びつきです。人は言葉なしに「考える」ことができない。だからこそ、誰にも言えない思いを書き留める日記は、自分という存在を知るための、かけがえのないツールになります。他者との評価なき対話が「取材」だったとすれば、日記とは、自分自身との評価なき対話。明治から続く作文教育の変遷をたどりながら、私たちにこびりついた「いいことを書かなければ」という呪縛を静かにほどき、集団浅慮に抗うための"継続的な探究のスタンス"を、自分の内側から育てていきましょう。 この授業で扱うこと 「感じる」「思う」「考える」と言語化の関係/コミュニケーションの代替手段としての日記という捉え方/日本人が作文を苦手とする歴史的背景(生活綴り方運動と「生活指導」への変質)/「なにを書くか」の日本と「どう書くか」の欧米、その決定的な違い/評価から自由になり、集団浅慮を回避する土台としての自己理解を育てる日記習慣