人的資本の情報開示について解説|国内の動向やポイント・開示例をご紹介
人的資本とは、人を知識やスキルを生み出す資本とみなす概念のことです。日本でも政府が経済政策の一環として抜本強化に乗り出すなど、国内外で人的資本の情報開示の動きが加速しています。この記事では人的資本の開示ルールやISO30414の開示項目、また情報開示のポイントなどを解説します。
- 01.人的資本開示とは
- 02.人的資本の情報開示が求められている背景
- 03.人的資本開示はいつから義務化?
- 04.人的資本の開示における日本の動向
- 05.人的資本開示における7分野19項目
- 06.ISO30414とは
- 07.人的資本の開示内容に求められる検討事項
- 08.人的資本の情報開示を行う際のポイント
- 09.人的資本の開示を行う手順
- 10.人的資本の開示例
- 11.人的資本に投資|Schooのオンライン研修
- 12.まとめ
01人的資本開示とは
人的資本開示とは、自社における人的資本の情報を社外に公開することを指します。日本においては、上場企業4,000社を対象として、有価証券報告書に人材育成方針や女性管理職比率などの情報を記載することが義務付けられています。
そもそも人的資本とは、「人」を知識やスキルなどの付加価値を生み出す資本とみなしたものです。デジタル化が急速に進む今だからこそ、人的資本は代替不可能な価値や利益をもたらす新たな資本として注目を集めています。人的資本は具体的には人間一人一人が持っている能力や資質、価値観などを指します。人的資本への投資を行って個人の個性を十分に育成し活用する環境を整えることで、社員の長期的なモチベーションやイノベーションが生まれるだけでなく、最終的には経済的な利益にもつながるとされています。
「人的資本」と「人的資源」それぞれの意味
従来の人事領域では、「人」は「人的資源」であるとされてきました。では、この「人的資源」と「人的資本」の持つ意味にはどのような差異があるのでしょうか。「人的資源」つまりヒューマンリソースとは、言葉の通りヒトをあくまで「資源」として消費するものと捉えています。そのため、そこにかかった費用は投資ではなく「コスト」とされます。一方で「人的資本」は、ヒトを企業価値向上のために磨くべきものとして捉えています。投資したり、人をより活かせる環境を整えたりすることで資本としての価値が向上し、経済的価値にもつながるのです。近年は「人」の捉え方が「人的資源」から「人的資本」に変化してきています。
02人的資本の情報開示が求められている背景
昨今、企業に対して人的資本についての情報開示が求められています。この動きにはいくつかの理由があります。なぜ今人的資本の情報開示が求められるのか、その経緯や意図を理解することで的確に情報開示を行っていきましょう。人的資本の情報開示が求められている背景は以下の3つです。
- 1. 人的資本の価値向上
- 2. ステークホルダーの人的資本への関心
- 3. サステナビリティの重要度の高まり
人的資本の価値向上
人的資本の情報開示が求められる理由の一つに、人的資本の価値向上があります。技術革新が進む今、様々な仕事が技術に代替されています。そんな状況だからこそ、イノベーションや新たな事業進出における「人」の重要性が高まっているのです。企業の本質的な価値の創造において人的資本の重要度が高まっています。今後、企業が高い競争力を身につけるには人的資本の価値を高め、その価値を最大限活かすことのできるシステムを構築することが大切です。
ステークホルダーの人的資本への関心
投資家など企業を取り巻くステークホルダーからの人的資本への関心の高まりも、人的資本の情報開示が求められる理由の一つです。近年、株主を中心とした投資家が人的資本などの無形資産を評価する傾向が強まっています。実際に米国企業では2020年の市場価値構成要素において無形資産が90%を占めています。こうした動きから投資家は人的資本についての情報開示を企業に求めており、そうした情報が重要な判断指標となっています。
サステナビリティの重要度の高まり
人的資本の情報開示が求められる理由の一つとして、サステナビリティの重要度が高まっていることが挙げられます。近年、サステナビリティやESGに対する関心が高まっている中で、各企業が社会貢献や環境保護に対してどう取り組んでいくのかが重視されています。そういった施策についても企業理念や会社の風土を反映した形でステークホルダーに開示する必要があるのです。
人材を資源から資本として捉え、人的資本経営への移行を目指す企業が増えています。 一方で、「人的資本経営は広い概念で理解しきれない」「全体像がまだ把握できない」「具体的に何から進めればいいかわからない」といった悩みも多く、人的資本経営への切り替えを模索しながら進めている経営者や人事責任者も多いようです。
そこで、人的資本報告の国際規格 ISO 30414のリードコンサルタント/アセッサー認証取得者であり、山形大学 産学連携教授の岩本 隆氏をお招きして、人的資本経営の概要から人材育成の具体的戦略まで幅広くお伺いします。
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登壇者:岩本 隆先生山形大学 産学連携教授
東京大学工学部金属工学科卒業、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ(株)、日本ルーセント・テクノロジー(株)、ノキア・ジャパン(株)、(株)ドリームインキュベータを経て、2012年6月より2022年3月まで慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。2018年9月より山形大学学術研究院産学連携教授。(一社)ICT CONNECT 21理事、(一社)日本CHRO協会理事、(一社)日本パブリックアフェアーズ協会理事、(一社)デジタル田園都市国家構想応援団理事、「HRテクノロジー大賞」審査委員長などを兼任。
03人的資本開示はいつから義務化?
人的資本開示の義務化は、2023年3月31日以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適応されます。義務化の対象となるのは、金融商品取引法第24条において「有価証券報告書」の発行が求められている約4,000社の上場企業です。
また、法定開示項目という形で義務化された項目もあります。同年3月期から有価証券報告書の中に、サステナビリティ(持続可能性)情報の記載欄が新設され、人材育成や環境整備の方針・指標・目標などを明記することが必須となりました。具体的には、多様性に関連する「女性管理職比率」や「男性育児休業取得率」「男女の賃金格差」などの項目が数値で公開することが義務付けられています。
04人的資本の開示における日本の動向
人的資本についての情報開示は世界的に求められていますが、日本でも取り組みが進み始めています。ここでは人的資本の開示における日本の動向について以下の5つを解説します。
- 1.人材版伊藤レポートの公開
- 2.コーポレートガバナンス・コードの改訂
- 3.岸田内閣が「人への投資」の抜本強化を宣言
- 4.人的資本可視化指針の発表
- 5.有価証券報告書への記載が義務化
人材版伊藤レポートの公開
2020年9月に「人材版伊藤レポート」が発表されました。このレポートは、一橋大学の伊藤邦雄先生を筆頭に、日本を代表する企業のCHRO(最高人事・人材責任者)と資本市場の最前線で活躍する機関投資家、経験豊かな人材コンサルタント、アカデミア、政府の関係者が一同に会して、人的資本について議論した内容を取りまとめたものです。日本における人的資本経営の始まりとも言えるレポートで、このレポートの公開を皮切りに多くの企業が「人的資本経営」に注目し始めました。
▶︎参考:人材版伊藤レポート
また、2022年5月には「人材版伊藤レポート2.0」が公表されました。このレポートは、経済産業省が主導した「人的資本経営の実現に向けた検討会」によって議論を重ねた内容を基にしながら、人的資本経営という変革を、どう具体化し、実践に移していくかを主眼とし、それに有用となるアイディアを提示したものです。同タイミングで国内19社の事例をまとめた「実践事例集」も発表されています。
▶︎参考:「人材版伊藤レポート2.0」
▶︎参考:実践事例集
コーポレートガバナンス・コードの改訂
2021年6月に、コーポレートガバナンス・コードが改訂されました。「企業の中核人材における多様性の確保」を目的として、以下の2点を公表することが推奨されました。
- ・管理職における多様性の確保(女性・外国人・中途採用者の登用)についての考え方と測定可能な自主目標の設定
- ・多様性の確保に向けた人材育成方針・社内環境整備方針をその実施状況とあわせて公表
▶︎参考:日本取引所グループ|改訂コーポレートガバナンス・コードの公表
2021年当時は推奨という形でしたが、後に女性活躍推進法によって開示が義務化されている項目もあります。
岸田内閣が「人への投資」の抜本強化を宣言
日本において岸田内閣は、経済政策の一環として「人への投資」の抜本強化を掲げています。この政策には、資本主義を構成する重要な資本の一つとして「人的資本」をとらえ、人への投資を増やすことで企業の長期的な価値向上と賃上げの両立を図る狙いがあります。また、働く人々が生涯的に学び続け、新たなスキルを獲得できる環境づくりに投資することで人的資本の付加価値を高めることを目指しています。
人的資本可視化指針の発表
内閣官房・非財務情報可視化研究会は、2022年8月30日に「人的資本可視化指針」を策定しました。この指針は、人的資本に関する情報開示の在り方に焦点を当て、開示までのステップや具体的な開示項目例などを紹介しています。また、この指針は「人材版伊藤レポート(2020年9月)」・「人材版伊藤レポート2.0(2022年5月)」と併せて活用することを前提として、作成されています。
▶︎参考:人的資本可視化指針
有価証券報告書への記載が義務化
先述した通り、2023年3月31日以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書から、約4,000社の上場企業を対象に人的資本開示が義務化されました。多くの企業が次々と開示を進めていく中で、独自性やストーリーが弱いものも見受けられ、開示が目的化している企業が多いのは否めません。今後は、その企業独自の開示項目を各社が策定し、具体的な施策も進んでいくことが想像されます。
05人的資本開示における7分野19項目
2022年8月30日に発表された「人的資本可視化指針」には、7分野19項目の開示項目例が記載されています。7分野19項目の開示項目例は以下のとおりです。
分野 | 項目例 |
人材育成 | リーダーシップ・育成・スキル/経験 |
エンゲージメント | 従業員エンゲージメント |
流動性 | 採用・維持・サクセッション |
ダイバーシティ | ダイバーシティ・非差別・育児休業 |
健康・安全 | 精神的健康・身体的健康・安全 |
労働慣行 | 労働慣行・児童労働/強制労働・賃金の公正性・福利厚生・組合との関係 |
コンプライアンス・倫理 | コンプライアンスや人権等の研修を受けた従業員割合・苦情の件数 |
▶︎参考:人的資本可視化指針
あくまでも、これらの開示項目は例であり、これら全てが自社の公開内容で網羅されている必要はありません。一方で、先述したとおり「女性管理職比率」・「男性育児休業取得率」・「男女の賃金格差」などの項目は公開が義務化されています。以下では、さらに開示項目例についての具体例を紹介します。
人材育成
人材育成に関連する開示項目の例は以下のとおりです。
- ・研修時間
- ・研修費用
- ・研修参加率
- ・複数分野の研修受講率
- ・リーダーシップの育成
- ・研修と人材開発の効果
- ・人材確保・定着の取組の説明
- ・スキル向上プログラムの種類・対象等
これらの項目の中でも、ISO(国際標準化機構)が開示基準に定めているものは、「研修時間」・「研修費用」・「研修参加率」・「複数分野の研修受講率」・「リーダーシップの育成」の5つです。日本においては、研修は強制で実施しているものを指すことが多く、参加率という指標はあまり意味を成さないかもしれません。
一方で、研修費用や研修時間といった項目には注目が集まるでしょう。日本はGDP(国内総生産)に占める企業の能力開発費の割合について、諸外国よりもかなり低い水準にあります。2020~2014年のデータによると、米国が2.08%なのに対して、日本は0.10%というのが現状です。人的資本経営を実践する上で、人材育成は一丁目一番地であり、この潮流で能力開発費がどれだけ増加していくかは日本のみならず、海外投資家も注目しているでしょう。
エンゲージメント
エンゲージメントに関連する開示項目の例は、人的資本可視化指針の中では従業員エンゲージメントのみ記載されています。しかし、従業員エンゲージメントを目標指標と定める日本企業は多く、中期経営計画書で「働きがい」や「従業員エンゲージメント」という言葉が使われています。
一方で、海外においては、ファイナンシャル・ウェルネスも人的資本開示の項目として取り入れる企業が増えています。ファイナンシャル・ウェルネスとは、「人々が足元の金銭的な義務を果たすことができ、将来の金銭的な状況について安心感があり、生活を楽しむための選択ができる状態」といった意味です。米国を中心に、企業が社員の経済的な自立を支援し、従業員の幸福度・満足度の向上を図り、生産性を引き上げることを目指す動きが広がりを見せています。
流動性
流動性に関連する開示項目の例は以下のとおりです。
- ・離職率
- ・定着率
- ・新規雇用の総数・比率
- ・離職の総数
- ・採用/離職コスト
- ・移行支援プログラム/キャリア終了マネジメント
- ・後継者有効率
- ・後継者カバー率
- ・後継者準備率
- ・求人ポジションの採用充足に必要な期間
これらの項目の中でも、ISO(国際標準化機構)が開示基準に定めているものは、「離職率」・「定着率」・「採用・離職コスト」・「後継者有効率」・「後継者カバー率」・「後継者準備率」・「求人ポジションの採用充足に必要な期間」の7つです。この中でも離職率はISOのみならず、WEF(世界経済フォーラム)やSASB(サステナビリティ会計基準審査会)でも開示項目の基準に含められています。
また、人的資本経営という側面で見ると、採用や離職にかかるコストや、求人ポジションの採用充足に必要な期間は重要な指標と言えます。求人ポジションの採用充足に必要な期間が短ければ、転職市場において人気がある証明となり、仮に緊急で人員増員が必要になったとしても、すぐに雇用をすることができ、安定した経営が実施できることを証明するものだからです。
また、採用や離職にかかるコストを算出しておくことで、人材の定着率を重視して人材育成に積極的に投資すべきなのか、人材の流動性が高まったとしても中途採用が投資回収割合が高いなどという経営判断が可能になります。
ダイバーシティ
ダイバーシティに関連する開示項目の例は以下のとおりです。
- ・属性別の従業員・経営層の比率
- ・男女間の給与の差
- ・正社員・非正規社員等の福利厚生の差
- ・最高報酬額支給者が受け取る年間報酬額のシェア等
- ・育児休業等の後の復職率・定着率
- ・男女別家族関連休業取得従業員比率
- ・男女別育児休業取得員従業数
- ・男女間賃金格差を是正するために事業者が講じた措置
これらの項目の中でも、ISO(国際標準化機構)が開示基準に定めているものは、「属性別の従業員・経営層の比率」のみです。日本においては「女性管理職比率」や「男性育児休業取得率」、「男女の賃金格差」について、有価証券報告書に記載することが義務化されています。
一方で、これらは数値ではなく、これらの数値を改善するためのアクションに注目すべきと言えるでしょう。例えば、女性管理職比率という数値だけ見れば、外部から形だけ女性の公認会計士や弁護士を登用して、数値を向上させることもできてしまうのです。そのため、本質的に改善すべき女性活躍推進という目的のために、どのようなアクションをとって数値が改善されたのかまで着目する必要があります。
健康・安全
健康・安全に関連する開示項目の例は以下のとおりです。
- ・労働災害の発生件数・割合、死亡数等
- ・医療/ヘルスケアサービスの利用促進、その適用範囲の説明
- ・安全衛生マネジメントシステム等の導入の有無、対象となる従業員に関する説明
- ・健康/安全関連取組等の説明
- ・(労働災害関連の)死亡率
- ・ニアミス発生率
- ・(安全衛生に関する)研修を受講した従業員の割合
- ・業務上のインシデントが組織に与えた金銭的影響額
- ・労働関連の危険性(ハザード)に関する説明
これらの項目の中でも、ISO(国際標準化機構)が開示基準に定めているものは、「労働災害の発生件数・割合、死亡数等」・「労働災害による損失時間」・「(安全衛生に関する)研修を受講した従業員の割合」です。特に、「労働災害の発生件数・割合、死亡数等」に関しては、ISO以外の機関でも開示項目基準に含められています。
コンプライアンス・労働慣行
コンプライアンス・労働慣行に関連する開示項目の例は以下のとおりです。
- ・人権レビュー等の対象となった事業(所)の総数・割合
- ・深刻な人権問題の件数
- ・差別事例の件数・対応措置
- ・団体労働協約の対象となる従業員の割合
- ・業務停止件数
- ・ニアミス発生率
- ・コンプライアンスや人権等の研修を受けた従業員割合
- ・苦情の件数
- ・児童労働・強制労働に関する説明
- ・結社の自由や団体交渉の権利等に関する説明
- ・懲戒処分の件数と種類
- ・サプライチェーンにおける社会的リスク等の説明
これらの項目の中でも、ISO(国際標準化機構)が開示基準に定めているものは、「コンプライアンスや人権等の研修を受けた従業員割合」・「苦情の件数」・「懲戒処分の件数と種類」です。日本において、人権問題や差別時間などはあまり考えにくい問題のように思えます。しかし、海外に支社を展開している日本企業においては、これらの項目も重要な指標と言えるでしょう。
06ISO30414とは
ここでは、ISO30414について解説します。ISO30414とは、2018年12月に国際標準化機構(ISO)から発表された人的資本についての情報開示のガイドラインのことです。ISO30414が発表された目的や、人的資本の指標となる「11領域49項目」について理解することで、自社の人的資本開示に役立てましょう。
- 1. ISO30414の目的
- 2. 人的資本の指標「11領域49項目58指標」とは
ISO30414の目的
ここでは、ISO30414が発表された目的について解説します。ISO30414の意図を理解しておくことで人的資本開示のガイドラインとして的確に用いることができます。ISO30414の目的は以下の2つです。
- 1. 企業が自社の人的資本の状況を定量化すること
- 2. 企業の継続的な成長を促すこと
企業が自社の人的資本の状況を定量化すること
ISO30414の目的の一つに、企業が自社の人的資本の状況を定量化することが挙げられます。ISO30414が策定されたことで、人的資本の情報についてあらゆる基準が明確化されました。それによって企業は自社の人的資本の情報を定量化しやすくなり、社内での推移や他社との違いをより具体的に捉えることができるようになりました。
企業の継続的な成長を促すこと
ISO30414の2つ目の目的は、企業の継続的な成長を促すことにあります。ISO30414によって人的資本についての情報の基準が明確化されたことで、企業が自社の状況をデータとして分析しやすくなりました。自社の人的資本について正確に把握することで、企業の価値向上に向けて本当に必要な施策を見出すことができます。つまり、人的資本を最大限活用するための施策を打ち出しやすくなり、企業が持続的に成長していくことにつながるのです。
人的資本の指標「11領域49項目58指標」とは
ここでは、人的資本の指標である「11領域49項目58指標」について解説します。ISO30414に示されている人的資本公開のガイドラインは11の領域と49の項目に分けられており、更に細分化すると58の指標が存在します。必ずしもすべての項目について情報開示を行う必要はなく、実際の開示内容は企業が自由に決定することができます。ここでは指標の内容を紹介します。開示されている領域や項目、指標の中から自社にとって開示すべきものをピックアップしていくことから始めましょう。
▼ISO30414の11領域
領域 | 内容 |
1. コンプライアンス・倫理 | ・クレーム数や内容 ・懲戒処分数や内容 |
2. コスト | ・人件費 ・採用コスト |
3. 多様性 | ・年齢 ・障がいの有無 ・性別の多様さ |
4. リーダーシップ | ・従業員の経営陣 ・上司に対する信頼度 |
5. 組織文化 | ・従業員エンゲージメント ・従業員満足度 ・定職率 |
6. 組織の健康・安全・福祉 | ・労働損失時間数 ・労働災害件数 ・死亡者数 |
7. 生産性 | ・EBIT ・収益 ・従業員1人当たりが創出している利益 |
8. 採用、配置・異動、離職 | ・空いたポジションを埋めるのにかかる平均時間 ・離職率 |
9. スキル・能力 | ・人材育成 ・開発のコスト ・研修時間数 |
10. 後継者の育成 | ・昇進の割合 ・社外採用の割合 |
11. 労働力の可用性 | ・フルタイム換算での社員数 ・欠勤率 |
07人的資本の開示内容に求められる検討事項
ここでは、人的資本の開示を行う上で検討すべき事項について解説します。人的資本の開示はただ行えばよいというものではありません。投資家など、開示相手に透明度の高い情報を提供するためにも、以下の2つの検討事項に留意しましょう。
- 1.「独自性」と「比較可能性」のバランスを取る
- 2.「価値向上」と「リスクマネジメント」の2つの観点で整理する
「独自性」と「比較可能性」のバランスを取る
人的資本の開示を行う上で大切なのが、「独自性」と「比較可能性」のバランスを取るということです。自社ならではの戦略や、企業理念に沿った経営目標などは独自性を前面に出して情報開示を行いましょう。一方で、従業員エンゲージメントや福利厚生、社内研修に関する情報などは他社との比較可能性の高さが求められています。情報開示を行う際には、独自性を出すべき部分と比較可能性を重視すべき部分を的確に判断しましょう。また、自社独自の戦略などを比較可能性が重視されるような情報と紐づけして説明することで、開示情報に説得力を持たせることにつながります。
「価値向上」と「リスクマネジメント」の2つの観点で整理する
人的資本の情報開示を行う上で検討すべき点の2つ目として、「価値向上」と「リスクマネジメント」の2つの観点で開示情報を整理するということが挙げられます。開示すべき情報は様々ですが、それらに「価値向上」に関する情報と「リスクマネジメント」のための情報がどちらも含まれている必要があります。「価値向上」に関する情報とは、企業価値の向上に向けた施策のことで、内容によって投資家から評価を獲得することのできる情報です。「リスクマネジメント」に関する情報とは、企業が背負う社会的責任やあらゆるリスクに対するマネジメント方法を指し、ステークホルダーからの信頼感を得るためにも重要な情報です。企業はステークホルダーのニーズを把握したうえで、開示する情報を的確に取捨選択していく必要があります。
08人的資本の情報開示を行う際のポイント
ただやみくもに情報開示を行うだけでは、企業の価値向上や社内外へのアプローチにはつながりません。人的資本の情報開示を効果的に行うために、3つのポイントを押さえておきましょう。
- 1.情報の定量化と分析の徹底
- 2.一貫したストーリー性を持たせる
- 3. 戦略的に情報を収集・開示する
情報の定量化と分析の徹底
人的資本の情報開示において重要なポイントは、情報の定量化と分析の徹底です。人的資本に関する自社の現状や施策の成果など、できる限り数値化することで具体性を持って説明することができます。また、数値化したデータを徹底的に分析することで、自社の現状や目標とのギャップを的確に把握することができます。
一貫したストーリー性を持たせる
人的資本の情報開示におけるポイントの一つに、会社のミッションやビジョン、行った施策とその結果に一貫したストーリー性を持たせることが挙げられます。情報開示の形式は様々ありますが、ただ収集したデータまとめあげれば良いというものではありません。ステークホルダーからのニーズは、企業が行っている人材マネジメントの施策や戦略、具体的な取り組みとその結果にあります。自社の企業理念と施策を紐づけながら、ストーリー性を持たせて取り組みについて説明する必要があります。また、理想と現状のギャップを正しく把握して説明することで納得感を高めることができます。
戦略的に情報を収集・開示する
人的資本の情報開示を行う際には、戦略的に情報を収集・開示することも大切です。ステークホルダーからどのような情報を求められているのか分析し、それを反映した情報開示を行う必要があります。人的資本の情報開示を行う際のガイドラインを示した「ISO30414」では、人的資本マネジメントや情報開示の指標となる情報が公開されています。それらを参考に、自社の施策や取り組みが魅力的に伝わる形で情報開示を行いましょう。
09人的資本の開示を行う手順
ここでは、実際に人的資本の情報開示を行う際の手順について解説します。今回はこれから本格的に情報開示に向けて動き出す企業と、情報開示が先行している企業の2つの場合に分けて解説していきます。
- 1.これから情報開示に向けて動き出す企業の場合
- 2.情報開示が先行している企業の場合
これから情報開示に向けて動き出す企業の場合
これから人的資本の情報開示を本格的に行っていく企業の場合、情報開示までの手順は主に以下の3つです。各フェーズについて具体的に説明していきます。
- 1. データの計測環境を整える
- 2. KPI・目標を設定する
- 3. 現状と理想とのギャップを反映した施策を行う
データの計測環境を整える
人的資本の情報開示に取り組むためには、まず社内の人的資本の現状を正確に把握する必要があります。HRテクノロジーなどを活用すれば、計測環境を整えることができます。従業員エンゲージメントサーベイなどを使用しながら人的資本の状況を数値化していき、できる限り正確に現状把握を行いましょう。前年の人的資本の状況との比較を行い、どの程度改善されたのか、施策の成果はどの程度発揮されているのかなどを定量的に判断し、繰り返しPDCAを回していくことが大切です。可能な限り詳細に分析できるような従業員エンゲージメントサーベイを用いて戦略に活かすのがおすすめですが、自社で情報を分析するのが難しい場合には改善施策の提案サポートなどを活用するのもおすすめです。また、他にも採用管理システムや給与計算システム、退勤管理システム、タレントマネジメントシステムなどの使用も効果的です。
KPI・目標を設定する
社内の人的資本の情報を整理できたら、KPI・目標の設定を行いましょう。自社の経営戦略や人事戦略を踏まえ、具体的なありたい姿を目標に設定しましょう。自社の戦略に即したKPIを適宜設定することで、経営戦略と人事戦略を連動させることにもつながります。結果的に、施策から成果を上げるまでの流れに一貫したストーリー性を持たせることができます。
現状と理想とのギャップを反映した施策を行う
人的資本の情報開示において重要なのが、現状と理想とのギャップを反映した施策の実行です。いくら情報収集を行って目標を設定したとしても、それが目指すべき姿や解決しなければならない課題と紐づいていなければ求めている成果を十分に上げることはできません。常に理想と現状を比較し、そのギャップを埋めるために必要な取り組みを行っていきましょう。常に一貫した理想を軸に施策を行うことで、ステークホルダーに対しても説得力を持って自社の取り組みを説明することができます。
情報開示が先行している企業の場合
ここでは、情報開示が先行している企業における人的資本の情報開示の手順を解説します。既に情報開示に取り組み始めてる企業も、情報公開の手順や趣旨を改めて認識することで要点を抑えた情報開示に活かしましょう。
- 1. 投資家からのフィードバックを施策に反映する
- 2. 目標設定を開示
投資家からのフィードバックを施策に反映する
情報開示が先行している企業は、開示後、投資家からのフィードバックを施策に反映するようにしましょう。人的資本に関する自社の取り組みを公開することは、ステークホルダーと対話をする機会でもあります。ステークホルダーからの指摘やフィードバックを積極的に受け入れ、自社の取り組みを改善していくようにしましょう。
目標設定を開示
既に人的資本の情報開示を行っている企業においては、自社の目標や指標を公開し、施策を打ち出していくことが求められます。目標とそれに対する施策、そして成果をステークホルダーに公開しながらブラッシュアップしていくサイクルを構築することが大切です。
10人的資本の開示例
ここでは、日本において実際に人的資本の情報開示を行っている企業の事例を紹介します。今回紹介するのは以下の3つの企業です。
- 1. 旭化成株式会社
- 2. オムロン株式会社
- 3. JPYC:「人的資本レポート」
- 4. 株式会社丸井グループ
- 5. KDDI株式会社
旭化成株式会社
旭化成株式会社では、基本的な情報に加えてサステナビリティへの取り組みを強調した情報開示を行っています。旭化成株式会社ではサステナブルな社会形成への取り組みとしての「環境貢献事業の推進」や、「健康・長寿への貢献」を積極的に行っています。人的資本の情報開示においてもこれらの施策を紹介しており、それらの事業の強みを今後のDX化と結び付けていくという方針を公開しています。
▼Schoo導入事例▼
Schoo導入事例|旭化成株式会社
▶︎参考:旭化成株式会社
オムロン株式会社
オムロン株式会社では、自社の人事戦略を「企業理念の実践と拡大」「リーダーの育成と登用」「多様で多才な人財の活躍」の3軸で説明しています。また、10年後を見据えた人的資本の強化についても言及しており、中長期的な人的資本の価値向上におけるプロセスが可視化された内容になっています。
▶︎参考:オムロン株式会社
JPYC:「人的資本レポート」
JPYCは国内・世界のスタートアップベンチャーの先駆けて人的資本の情報開示を行っている企業です。JPYC株式会社の人的資本レポートでは、自社の人的資本をカテゴリに分けて現状と課題について整理しています。さらに、伊藤レポートに記載されている項目とも照らし合わせて今後解決すべき課題を洗い出しており、人事戦略の方向性をステークホルダーが理解しやすいような透明度の高いものになっています。
▶︎参考:株式会社JPYC
株式会社丸井グループ
丸井グループのの人的資本開示は「手挙げの文化」が特長です。長年、この文化を醸成するために様々な施策に取り組まれていて、現在では全社員の82%が自ら手を挙げて、中期経営推進会議や各人材開発プログラムに主体的に取り組んでいます。Schoo for Businessも導入いただいており、公募制で希望する社員にIDを付与して、自己啓発施策としてご利用いただいています。
▼Schoo導入事例▼
Schoo導入事例|株式会社丸井グループ
KDDI株式会社
KDDI株式会社の人的資本開示は、KDDI DX University(KDU)が特長です。2023年度までにグループ全体でDX人財を4,000名規模に拡大し、中核を担うDXコア人財をKDUで500名育成することを掲げています。KDU研修プログラムでは、全ての職種で必要なスキルを基礎研修で学び、その後職種別に分かれワークショップを交えた実践的な研修を行います。Schooはテクノロジストのコアスキル集中研修、専門スキル研修、エクスペリエンスアーキテクトの専門スキル研修で活用いただいています。
▼Schoo導入事例▼
Schoo導入事例|KDDI株式会社
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■資料内容抜粋
・大人たちが学び続ける「Schoo for Business」とは?
・研修への活用方法
・自己啓発への活用方法 など
11人的資本に投資|Schooのオンライン研修
Schoo for Businessは、国内最大級8,500本以上の講座から、自由に研修カリキュラムを組むことができるオンライン研修サービスです。導入企業数は4,000社以上、新入社員研修や管理職研修はもちろん、DX研修から自律学習促進まで幅広くご支援させていただいております。
Schoo for Business |
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受講形式 | オンライン (アーカイブ型) |
アーカイブ本数 | 8,500本 ※2023年7月時点 |
研修管理機能 | あり ※詳細はお問い合わせください |
費用 | 1ID/1,650円 ※ID数によりボリュームディスカウントあり |
契約形態 | 年間契約のみ ※ご契約は20IDからとなっております |
大企業から中小企業まで4,000社以上が導入
Schoo for Businessは、大企業から中小企業まで4,000社以上に導入いただいております。利用用途も各社さまざまで、階層別研修やDX研修としての利用もあれば、自律学習としての利用もあり、キャリア開発の目的で導入いただくこともあります。
導入事例も掲載しているので、ご興味のあるものがあれば一読いただけますと幸いです。以下から資料請求いただくことで導入事例集もプレゼントしております。そちらも併せて参考にいただけますと幸いです。
人的資本経営に関するSchooの講座を紹介
Schooは汎用的なビジネススキルからDXやAIのような最先端のスキルまで、8,500本以上の講座を取り揃えております。この章では、人的資本経営に関する授業を紹介いたします。
人的資本を活かした自律型組織
この授業では、その「人的資本」について学ぶとともに人的資本を活かした組織づくりのために何をすべきか。人事部としての役割は何かを学んでいきます。人事部のみならず、ビジネスパーソンとして「人的資本経営」に関する理解を深められる授業となっています。
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株式会社NEWONE 代表取締役社長
大阪大学人間科学部卒業。 アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。2002年、株式会社シェイク入社。企業研修事業の立ち上げ、商品開発責任者としてプログラム開発に従事。新人~経営層までファシリテーターを実施。2015年、代表取締役に就任。2017年9月、これからの働き方をリードすることを目的に、エンゲージメント向上を支援する株式会社NEWONEを設立。米国CCE.Inc.認定 キャリアカウンセラー。
※研修・人材育成担当者限定 10日間の無料デモアカウント配布中。対象は研修・人材育成のご担当者に限ります。
投資家が企業に求めるD&I - 人的資本から理解する
この授業では、企業の「人的資本」について、投資家が何を期待しているのかを学び、「企業のダイバーシティの推進」や「情報開示」がなぜ求められているのか、理解を深めることができます。
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SDGインパクトジャパン 代表取締役Co CEO
国際機関、財団及び戦略コンサルタントとして、ビジネスを通じたSDGsの実現に携わる。日本の金融機関及び世界銀行で官民連携推進やプロジェクトファイナンス、政治リスク保証等の業務に関わったのち、2017年に当時アジア最大規模のインパクトファンド「アジア女性インパクトファンド」を創設。その後ファーストリテイリングにてダイバーシティのグローバルヘッド、人権事務局長、サステナビリティ広報部長を務め、2021年にSDGインパクトジャパンを設立。共同創業者兼CEOとしてESG及びインパクトベンチャーファンドの設立運営に携わる。東京大学経済学部卒、タフツ大学フレッチャー校修士(環境、金融)。国際協力機構海外投融資リスクアドバイザー、SMBC日興證券ESGアドバイザリーボード、明治ホールディングスESGアドバイザリーボード、W20日本デレゲートなどを務める。
投資家が企業に求めるD&I - 人的資本から理解するを無料視聴する
※研修・人材育成担当者限定 10日間の無料デモアカウント配布中。対象は研修・人材育成のご担当者に限ります。
12まとめ
現在、ESC投資の盛り上がりやISO39414の公開などを背景に日本国内においても人的資本の情報開示に対する動きが高まっています。人的資本の情報を明確に開示することで、ステークホルダーとの関係性構築につながることはもちろん、自社の人的資本の現状を見つめ直すことができます。企業が継続的に価値向上していくために、人的資本は非常に重要な要素の一つだと言えます。情報を開示することをゴールとするのではなく、その過程で自社の課題を明確化することやステークホルダーからの声を吸収して戦略をブラッシュアップするところまでをサイクル化していけるようにしましょう。